星野源、奥さん新垣結衣のドラマと身長や血液型。自身の病気と現在。

ポピュラー

星野源さんの曲が流れ始めたのは、東日本大震災の頃だったろうか?ラジオの月間のローテーションで掛かる番組から流れてきたのを覚えています。

その頃の緊張感の中で、『くだらないの中に』と言う曲だったと思います。のちに取り上げますが、その歌詞がなんとなく、記憶に残っていていました。

その後、俳優さんとして活動されている事や、ヒット曲などを耳にすることになり、今では、知らない人がいないだろうビッグネームですね。

今回はそんな星野源さんにスポットを当ててみます。



星野源、奥さん。身長や血液型、出身など。デビューは若い頃の舞台

星野 源(ほしの げん)さんは、1981年1月28日に埼玉県蕨市に生まれます。実家は八百屋さんだったそうです。

血液型は、芸術家に多いと言われるAB型で、身長は168cmと言う事です。

雨の水曜日に生まれた為に、サンズイの付いた水に関係のある名前にしようとご両親が考えて『源』と言う名前になったのだそうです。

自由の森学園中学校・高等学校卒業なので、永積タカシさん(ハナレグミ)の少し後輩になります。

前述の『くだらないの中に』と言う曲がデビュー曲のようですが、冒頭の

髪の毛の匂いを嗅ぎ合って

くさいなあってふざけ合ったり

くだらない中に愛が

人は笑うように生きる

星野源『くだらないの中に』

温かなメロディーとちょっと印象に残る歌詞が、震災の中の緊張感でラジオから流れる度に、ほっとする気持ちになっていました。

そんな風に、私moonの心の中に、『星野源』と言う名前が刻まれたのでした。

星野源さんは、中学時代からギターの練習を始めます。高校生になると松尾スズキさんが主宰を務める劇団『大人計画』の演劇を見て、大人計画が開催していたワークショップに参加します。

そんな縁から2003年の舞台『ニンゲン御破算』への参加をきっかけに、大人計画への所属します。

2005年になると、TBS系で放送されたTVドラマ『タイガー&ドラゴン』にて、下っ端落語家役「どんつく」役でテレビドラマデビューします。

音楽でのデビューは2010年ですので、俳優業のスタートの方が先に始まっていました、

又、その間に『テレビブロス』で「細野晴臣と星野源の地平線の相談」を連載しており執筆の方も行っていました。



星野源、奥さん。最初のバンドは?同級生には在日ファンク浜野謙太

少し戻りまして、星野源さんは、高校卒業後に同じ高校の仲間を集め『SAKEROCK』というインストゥルメンタルバンドを組みます。

このバンド、

伊藤大地さん(現在ドラマー)、

浜野謙太さん(現在俳優・在日ファンクのメンバー、トロンボーン、スキャット担当)、

田中馨さん(現在ベーシスト・作曲家・編曲家)、

野村卓史さん(キーボード担当)

と言うように、現在でも音楽家として活動されていらっしゃる方が、沢山いらっしゃいます。10枚以上のアルバムを出し、精力的に活動されてましたが、

星野源さんはソロアーティストとして成功し、浜野謙太さんは、俳優や「在日ファンク」のリーダーとして、伊藤大地さんは数多くのドラムのオファーを受けるなど、それぞれが個人の活動で非常に多忙になりました。

それぞれの活動を妨げないようにしなければと言う合意もあったと言います。

2015年2月28日に解散発表し、同じ年の6月2日に両国国技館でラストライブを開催し、惜しまれながら15年の活動に終止符を打ちます。


星野源、奥さん。マルチな才能を発揮。活躍の中で襲った病気とは?

星野源さんは音楽家・俳優・文筆家としてどの分野でも成功を収めています。それ故に、何が本職か解らないと言う感覚の方も多いのかと思います。

 2010年のソロでの音楽のデビューの頃には「どれかひとつに絞らないと成功できない」と周囲から言われることも多かったのだとか。

確かに私moonも音楽で星野源さんを知ったのですが、その前からお芝居もやっていた訳で、どちらが本業なのと言う風に思った事もありました。

そんな風に思う方も少なくないのかもしれませんが、あるインタビューで、

昔は、ただやりたいからやってただけなのに、横槍を入れられることがよくありましたね。「ひとつに絞れ」「真面目にやれ」みたいな。今はもう言われないのでその点では楽です。自分は芝居も音楽も中学1年生の時に同時に始めて、それが仕事になりました。どちらかが成功してからじゃなくて、同時に別のキャリアを歩んできたから、音楽と役者で所属している事務所も違うんです。それぞれ別の星野源がそれぞれ成功して、それぞれ本業になった。

HighsnobietyJapan in life 2025年5月1日付け

そんな風にお話されていて、やりたい事や、やれることを誠実に行ってきて、才能が一致したのだなと感心させられます。

しかし、そんな星野源さんが突然、恐ろしい病気に襲われます。病気は、2012年12月22日、クモ膜下出血と言う診断を受け、手術を受けます。


星野源、奥さん新垣結衣とのドラマは、役も曲も代表作の『逃げ恥』

その頃の星野源さんは、2011年の後半から、仕事が増えだし、文字通り、寝る間も惜しんで仕事をしていたのだそうです。

『今、寝ている場合ではない。』『今が最大のチャンスの時期だ!』そんな風に自分を奮い立たせ一年間もの間、心では、体に悪いし、寝なければと思うのですが。

精神と体を分断するように体を酷使して、一年くらい経った状態で、年末の過酷な状況になってしまったと事を、ご自身で分析されておりました。

星野源さんは2か月後の2013年2月28日、J-WAVE『TOKYO HOT 100 CHART OF THE YEAR』授賞式に出席し仕事復帰しますが、

再び、2013年6月ごろに行なった検査でくも膜下出血再発が確認され、療養に入ります。9月26日、再手術が成功し退院したことを発表して、本格的に仕事に復帰します。

しかし、星野源さんはこの療養の期間を開けた感動の復活ライブはコミカルに行きたいと思い、

ニセ明(にせあきら)と言う星野源さんの親友と言う設定で、ロン毛のかつらに、サングラスで若い頃の布施明さんに寄せた姿で、療養中にカラオケで練習したと言う「君はバラより美しい」を歌うキャラクターで登場しました。

星野源さんは、ファンのみんなが、「こんなバカな事がやれるくらいなら大丈夫だな。」と安心してほしかったと言います。

そしてこのキャラクターはのちに、星野源さんが、大好きだと言い続けていたお菓子の「たべっ子どうぶつ」のスペシャルパッケージにも登場します。

星野源さんと言えば、「奥さんが新垣結衣さん!」と思い浮かぶ方も多いと思いますが、星野源さんの今のところの音楽の方の代表曲も、俳優としての代表作も、

TBSテレビ系「火曜ドラマ」『逃げるは恥だが役に立つ』の津崎平匡(つざき ひらまさ)役でドラマ内で流れていた主題歌「恋」ではないでしょうか?

このPVのダンスも相まって『恋 ダンス』として独特の振り付けも人気となります。

そして何より、このドラマのスペシャルドラマ版『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』の撮影を機に、

共演者である先述の新垣結衣さんとの結婚を前提とした交際のきっかけとなり2021年5月19日に結婚を公表しました。元々星野源さんは、新垣結衣さんのファンだったと言う話もあります。

あるインタビューにて、星野源さんはずっと「愛している」という言葉に違和感を持っていると語っております。又、テレビ番組の中で「孤独は無くならない。」と言うような事も。

しかしこれは、人生経験の中で、幸せであっても感じる孤独であったり、アーティスト故の感覚なのかと思います。

『恋』にも、「愛が生まれるのは一人から」や、「二人を越えて行け、一人を越えて行け」なんて歌詞があり、軽快なリズムの中にも、深い『愛』についての哲学みたいなものを感じます。

そんな星野源さんと新垣結衣さん、お二人ともゲーム好きを公言しておりまして、仲睦まじくゲームをすることも多いのかと思います。

まだまだ色々な可能性を感じますし、今後の活躍の期待も大きいお二人ですね。

いかがだったでしょうか?今回は星野源さんの奥さんや、プロフィール、病気のお話などをまとめてみました。

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