オレンジレンジ全盛期!出身は?兄弟のメンバーや年齢、結婚について

ラップ

今から20年ほど前にオレンジレンジと言う聞き慣れない言葉のバンド名をよく聞きました。その頃は、毎日のようにFMラジオから曲が流れていて、テレビの音楽番組でも常連でした。

時代は、バンプ・オブ・チキンや、レミオロメン、アジアンカンフージェネレーション、湘南乃風、モンゴル800などのバンドがデビューもしくはヒット曲を出していました。

その中でも、モンゴル800とオレンジレンジは、沖縄を代表する2000年代初頭のバンドです。そんなオレンジレンジの全盛期、若い頃のお話にスポットを当ててみます。




オレンジレンジ全盛期!メンバーの年齢や兄弟の情報。三人ボーカル

80年代、90年代に引き続き第三次バンドブームと言われた2000年代初頭に巻き起こったバンドブームの代表格でもあるオレンジレンジ。

ボーカルが低音、中音域のボーカル、高音域のボーカルと3人のボーカリストがおります。先ずは全員が沖縄県出身のメンバーのご紹介を。

(※年齢は2025年12月現在です。)

★NAOTO(ナオト)さんは廣山 直人(ひろやま なおと)さんと言います。1983年5月8日うまれ42歳です。ギターや、パーカッション、ドラムなどの他にプログラミングの担当しています。オレンジレンジのリーダーです。

★RYO(リョウ)さんは本名を宮森 涼(みやもりりょう)さんと言います。 1985年10月1日生れなので40歳です。低音ボーカルやMCを担当しています。

★HIROKI(ヒロキ)さんの本名は、外間 弘樹 (ほかま ひろき)さんと言います。生年月日は1983年6月29日なので42歳です。担当は中音域ボーカルと、MCを熟します。又、三線も弾けます。

★YAMATO(ヤマト)さんは、本名は、我如古 大和(がねこ やまと)さんと言います。1984年1月14日生まれの41歳。 高音域ボーカルとMCや三線もこなします。

★YOH(ヨウ)さんは本名は、宮森 洋(みやもり よう)さんと言います。1983年12月11日生まれの42歳です。ベースの担当でRYOさんのお兄さんです。

上のメンバーと共にこのオレンジレンジの2005年7月まで在籍していた

★KATCHAN(カッチャン)さん(以下KATCHAN)がいました。本名を北尾一人(きたお かずと)さんと言い、1983年6月19日の生まれの42歳です。ドラムスを担当されていました。


オレンジレンジ全盛期!きっかけは中学から!バンド名の意味は?

オレンジレンジは、旧メンバーであるカッチャンが、沖縄市立山内中学校の卒業パーティでNAOTOさんがギター、KATCHANがドラムスを担当するバンドで、

GLAY(グレイ)の『BE LOVED(ビ ラブド)』と言う曲を演奏しました。そのバンドは、中学校で終了しますが、

同じ沖縄県立北谷高等学校に入学したNAOTOさんとYOHさんにKATCHANは、バンドをやろうと働きかけます。

毎日の様に、NAOTOさんの家を練習場にして、練習していると、これ又、毎日の様にNAOTOさんの家で漫画を読んでいる同じ高校のHIROKIさんがいたそうです。

NAOTOさんに、「漫画読んでるんだったら歌ってよ!」と言われ、バンドに入る事になったHIROKIさん。

その後、YOHさんの弟のRYOさんが加わり、RYOさんが友人の友人だったYAMATOさんを誘い、現在のユニットの原型となります。その頃は6人のメンバーでした。

3人のボーカルが在籍するバンドなので、こだわりがあるのかと思いきや、改めて見ると、ユルい感じのノリで決まったようにも見えますが、結果オーライですね。

NAOTOさんとKATCHANが出会ったのが1999年、2001年に6人が揃い、オレンジレンジになります。

このオレンジレンジと言うバンド名は、NAOTOさんのお母さんのその日のラッキーカラーがオレンジ色だったと言う事がきっかけで、

色の名前が入ったバンドは売れると言うジンクスもあり、ザ・ブルーハーツやグレイや、イエローモンキーなど邦楽から、レッド・ホット・チリペッパーズや、ディープ・パープルなど洋楽でも沢山の例があります。

逆にオレンジを使ったバンド名を聞いた事が無かった為だと言う事も、2022年放送の日本テレビ系の『バズリズム2』の中でお話されていました。

又、レンジはRange(領域・範囲)と言う意味で、ミクスチャーロックやラップロックと言われるオレンジレンジの音楽性を幅広い領域でと言う意味も持っています。

オレンジは家族愛を表して、レンジは幅広くありたいと言う音楽性の部分を組み合わせたバンド名の表れです。



オレンジレンジ全盛期!9曲連続1位の栄光とKATCANの脱退!

2001年以降、2002年にインディーズで、ミニアルバムを出したり、ライブツアーを行って、実績を積むと、2003年6月4日にシングル「キリキリマイ」でメジャーデビューを果たします。

そして、同じ年の7月16日に発売された『上海ハニー』はオリコン最高位が5位まで上り詰め、一気にスターダムを駆け上る事になりました。

2004年の3月になるとRYOさんが高校を卒業し、NAOTOさんは、実は美容師の専門学校に通い、RYOさんと同じ時期に卒業しています。

その後、2004年2月25日にリリースされた5枚目のシングル『ミチシルベ〜a road home〜』から2006年5月10日 発売の13枚目のシングル『チャンピオーネ』まで、

ノリノリの『ロコモーション』としっとり聴かせる『花』など、全く違った楽曲がオレンジレンジのインパクトを強くしました。

 この期間に代表曲として数えられるような楽曲を多数リリースし、9作連続のシングルチャートで1位を獲得します。

2004年にはNHK紅白歌合戦にも初出場。沖縄市ゲート通りから中継されたことも地元の沖縄の方はもとより、彼らの郷土愛を感じた視聴者は多かったのかもしれません。

しかし、実際のメンバーの状況は相当な激務だったようです。

この頃の多忙さは、まさに寝る間もない忙しさで、メンバー全員も記憶が曖昧なほどで、『チェスト』と言う曲は、宿泊先のホテルに機材を組み立てて、そこでレコーディングを行ったと言う逸話があるほどです。

しかし、そんな全盛期ともいえる最中の2005年の6月、創設メンバーのドラムス担当のKATCHANが、多忙の中、小指の付け根に痛みが走り、腱鞘炎である事が解りました。

一時活動休止を余儀なくされ、休止中にバンドの在り方や、自分の立ち位置を改めて見つめ直したと言います。

オレンジレンジとしても過渡期で、元々、NAOTOさんが、電気グルーブをリスペクトしていた事などもあり、パソコンを等を用いた打ち込みと言われる曲が多くなります。

KATCHANは、自分の思い描いた音楽性と違う方向で、バンド自体は色々な挑戦へ向かい、どんどん売れて行く中での葛藤があったのだと思います。

そして、とうとう7月31日に KATCHANが音楽性の違いにより脱退する事になります。

オフィシャルサイトにKATCHAN自身のコメントとメッセージが載せられると、この日より数日間、オフィシャルHPにファンが殺到し、サーバーがパンク寸前の状態が続きました。


オレンジレンジ全盛期!結婚しているメンバーと熱愛報道は?

 中学生の頃から一緒にやってきたNAOTOさんのショックは相当なものでしたが、逆に古くからの付き合いだったから、KATCHANの心身の状態も理解できたのだと思います。

 ドラムのKATCHANが抜けてしまった後のオレンジレンジには、サポートのドラムの担当の方を入れて活動しています。

その時その時で、色々な持ち味を出すためにも、サポートの方でよいと言いますが、

これは想像ですが、オレンジレンジとしてのドラムはKATCHANだと言うバンドのみんなの想いもあるのかもしれませんね。

そんな快進撃の中の苦渋の選択などもバンドにより深みを出しているのではないだろうかと思います。

KATCHANはその後バンド活動なども行って、2008年に「KCB (KICK CHOP BUSTERS)」と言うバンドでメジャーデビューも果たしましたが、現在バンドは休止しているようです。

今は、皮製品のバッグなどのプロデュースのようなお仕事をされ、結婚してお子さんもいらっしゃるようです。

さて、メンバーのうち、現在結婚を公表しているのは、兄のYOHさんは2007年に、弟のRYOさんは2008年に、HIROKIさんは2010年にそれぞれ一般の方と結婚の報告があります。

3人ともすでにお子さんもいらっしゃるようです。

YAMATOさんは2016年の夏ごろタレントのマギーさんと、熱愛報道などがあり、

オレンジレンジのライブ会場でマギーさんを目撃され、二人でバリ島に出かけたり、又、親にも紹介していたなど真剣交際と報道がありましたが、その後の報道は無いようです。

NAOTOさんにおいても結婚しているかの情報がなく、まだ独身である可能性が高いです。

オレンジレンジは、一時インディーズで活動しており、沖縄に活動の拠点を設けたりしていましたが、2025年には約15年ぶりにソニー・ミュージックエンタテインメントへの復帰を公表して、

12月31日のNHK紅白歌合戦には、2004年に『ロコモーション』で、2006年には、『チャンピオーネ』に続き、19年振り3度目の出場を果たします。

過去2回は沖縄からの中継でしたが、2025年はNHKホールから全国に『イケナイ太陽』を届けました。

いかがだったでしょうか?今回は、オレンジレンジの全盛期、シングルの売り上げ9連続の1位獲得や、全盛期の功績と苦悩などに焦点を当ててみました。

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