日本のバンドブームは、何故か1980年代、1990年代、2000年代といずれも10年おきくらいに訪れていました。今回ご紹介するケツメイシは、2000年代の初めの頃に頭角を現すバンドです。
この不思議な『ケツメイシ』というバンド名とアルバムタイトルの『ケツノポリス』、映像作品の『ケツの穴』など言う一連の作品名から、
コミックバンド?なんて思われる方も多いのかもしれませんが、いやいや、ラップ、ヒップポップのジャンルにおいて、多くのヒット曲とファンの心を掴むケツメイシの皆さん!
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ケツメイシの意味は?メンバーの生い立ち!DJ Kohnoが辞めた訳
個性的なメンバーを紹介と思ったのですが、先ずこのユニットは最初4人で、現在は3人で構成されています。そして調べて行くと、意外な事も多く興味深い方々です。
ケツメイシのファンには、芸能人の方も多く、上戸彩さんや、ベッキーさん、安田美沙子さんなどがケツメイシのファンだと言う事です。
その他にも、スポーツ選手や、芸人の方もファンが多く、アンタッチャブルの柴田英嗣さんは自らシバメイシと言う後輩とのユニットを組んでいるくらいです。
そんなケツメイシのメンバーは
★大蔵(だいぞう)さんは1976年3月14日 生れの49歳(2026年1月現在)で、ケツメイシのメンバーの中では最年少ですが、リーダーです。
本名は、吉田 大蔵(よしだ だいぞう)さんと言います。兵庫県神戸市東灘区出身という事ですが、高校は、千葉県の市川高校を卒業しております。
高校卒業後、東京薬科大学薬学部で学び、鍼灸師と薬剤師の資格持っています。ラッパーですので、3人とも声でのMCや、ボーカルを担当されています。
大蔵さんの存在感のあるラップには定評があります。
ちょっとややこしいのですが、メンバーには、Ryo(リョウ)さんとRyoji(リョウジ)さんがおります。
★Ryo(リョウ)さんは、本名は田中 亮(たなか りょう)さんです。1972年11月26日生れ、2026年1月現在53歳ですね。東京都港区白金の出身です。
東京の文京区にある男子校の獨協高等学校を卒業すると、大蔵さんと同じように、東京薬科大学薬学部を卒業しています。やはり薬剤師の資格を所持しています。
そして、
★Ryoujiさんの本名は大塚 亮二(おおつか りょうじ)さんと仰います。ボーカルを務めていますRyojiさんについては、大学などの情報を探す事が出来ず、兵庫県神戸市灘区出身という情報と東京都出身という情報が二つあり正確な情報は解りませんでした。
そして去年(2025年)まで一緒に活動していた元メンバーに
★DJ KOHNO(ディージェイ・ コウノ)さんがいらっしゃいました。広島県廿日市市の出身で1977年6月28日生れ、48歳です。
本名を河野 健太(こうの けんた)さんと言い、DJ担当をされていましたが、昨年2025年5月3日、公式ホームページでグループを卒業を発表します。
理由は「新たな活動の場(フィールド)で挑戦したい」という申し出があったと言う事でした。仲間の意思を尊重し、話し合いを重ね送り出したのだそうです。
DJ KOHNOさんは、ご自身のXで、
「突然の報告で連休中にお騒がせしてすみません。正直、今回のことは、今までの人生の中で、1番悩みに悩んで出した決断です。 悩めば悩むほど「人生は1度きり」という思いになりました」
出典:DJ KOHNO『X』
ケツメイシの意味は?薬科大出身のお二人らしい漢方薬の名前から!
ケツメイシの名前の由来は漢方薬で用いられると言う『決明子』(けつめいし)という薬草です。
日本では夷草(えびすぐさ)と呼ばれるものの種をそう呼ぶのだそうです。
中国では、主に下剤として使われる事が多いのだそうですが、自分たちの持っている力をすべて出し尽くそうと言う意味も込められているのだそうです。
薬科大学出身の二人の発想らしいと、誰でも感じるところですね。音楽の始めた時期などの情報は少ないのですが、大学時代の先輩後輩の間柄のRyoさんと大蔵さんが核になって活動を始め、
対バンで一緒になったCLUB MOUTHと言う現在閉店しているクラブのイベントで知り合い、RyojiさんとDJ KOHNさんが二人のパフォーマンスに感動して4人体制になったと言う事です。
ケツメイシの『ケツノポリス2』に収録されている2002年の楽曲『ケツメの作り方』は、初期のRyoさんのユニットメンバーである土屋さん、中川大雅さんと言うお二人が登場してます。
そして、始めは六畳一間の部屋からスタートした事が解ります。調べると、ここは埼玉県朝霞市の公団住宅の一室と言う事で、ここを拠点に活動していたようです。
メジャーデビューは2001年にリリースされた『ファミリア』と言う曲。インディーズ時代から4枚目のシングルでした。
2002年に発表した『トモダチ』がヒットして、オリコンシングルチャートでトップテン入りを果たすと、
翌年の夏にはレゲエ調の『太陽』。2004年の『涙』そして2005年には大ヒットとなる『サクラ』がリリースされると、ケツメイシと言うバンドは日本中に広く知られるようになります。
結成当時はそれぞれ、昼間は薬剤師などとして働き、夜な夜な集まって制作作業を行っていたと言う下積みが大きな成果となったようです。
ケツメイシの意味は?Ryoの父は医師、大蔵の嫁は元モデル!!
Ryoさんのご実家は、港区の白金台、日本でも指折りの高級住宅街の地域ですが、お父さんは順天堂大学名誉教授、心臓血管外科学医の田中淳さんであります。
大変厳しく育てられたそうで、父に対しては、今でも敬語で話をすると言います。上手く想像できませんが。(笑)
幼少の頃は、ピアノを習っていたそうで、本人曰く少々弾けるとラジオ番組でお話されていました。
Ryijiさんの個人的な情報は少ないのですが、KICK THE CAN CREW (キック・ザ・カン・クルー)と親交が深いようで、LITTLEさんやMCUさんを始め、多くのミュージシャンと親交があるようです。
中島美嘉さんや、最近ではスノーマン等の楽曲のプロデュースや客演をされています。
プライベートでは、2006年7月13日に、モデルの石川亜沙美さんと結婚し、2007年1月に第1子となる男の子が誕生しています。
しかし残念ながら石川亜沙美さんとは2015年8月に、離婚されています。親権は奥さんに渡っているそうです。Ryojiさんは何と3度目の離婚となります。
大蔵さんは、見た目はワイルドなラッパーと言う感じですが、ご自身でもラジオ番組などで「割と裕福に育ったのよ。」と語っており、
教育熱心な母(母蔵:喜寿のお祝いの時に大蔵さんのInstagramに登場)の元、小学校の頃から厳しく勉強させられ、テニスや、やはりピアノを習ったり、合唱コンクールでピアノの伴奏をしたりと言う子供の頃だったと言う事です。
東京薬科大学を滑り止めで受けたと言うのですから、もしかしたら、Ryoさんと同じようにお医者さんの家系だったのかもしれません。
大蔵さんの奥さんは、岡山県津山市出身の元モデルの方で浮田佳奈さんと言う方です。ケツメイシの『よる☆かぜ』(2001年)のPVに出演されております。
その辺りが出会いのきっかけとなったのではと言われており、後の2004年の9月に東京都内で結婚式を挙げられております。
ケツメイシの意味は?リーダー大蔵の息子は、あの有名な駅伝で!
2024年の正月に、なんとなく点けっぱなしの全く関係のないと思われるテレビ放送から『ケツメイシ』と言う言葉が流れます。
そこにあったのは、1年生ながら、國學院大學から箱根駅伝のスタメン入りした大蔵さんの息子さんである吉田蔵之介さんの疾走する姿でした。
父の大蔵さんも、かなりストイックに、歌手として体力づくりと筋トレを続けていらっしゃるようで、蔵之介さんも父の事を「歌手より、アスリートに見えてきた・・・。」とお話をしており、
又、
「何万人の前で歌う背中を見てすごく尊敬している。自分も走りでいろんな人に勇気や元気を与える選手になれたら」
出典:中日スポーツ 2023年12月15日付
とインタビューに答えてました。父としては感無量なのでは?と思う所です。
Ryoさんは、ケツメイシのメジャーデビューの2001年より前に結婚していたのだそうです。
昼は薬剤師、夜は音楽活動と言う生活の中、ミュージシャンを目指していたRyoさんに、奥さんのご両親は結婚に猛反対します。
Ryoさんは、彼女の為にケツメイシを辞めて、薬剤師になる事をメンバーに話すと、メンバーは、奥さんのご両親と会い、Ryoさんと娘さんの結婚を認めてくれるように懇願します。
その甲斐あって、結婚に踏み切る事が出来たRyoさん。売れない時期の苦労なども夫婦で乗り越え、奥さんは、ネイルの関係のお仕事をされているそうです。
Ryoさんには娘さんがお二人いらっしゃるようで、長女の方は「雅(みやび)」さん、次女の方は「響(ひびき)」さんと言うそうです。
自ら西蒲田周辺に住んでいらっしゃると公言されて、もっぱら、ライブでは下ネタ担当を買って出ているRyoさんですが、
2024.11.19付の『涙でリールが見えない RYO from ケツメイシ』サイトの中で次女と同級生の娘さんがガールズバーで働いている情報をもとに、大都会・五反田(笑)に繰り出す様子が描かれていて笑いました。
ケツメイシの皆さん、現在3人態勢ですが、まだまだ心に響く楽曲や、前向きなリリックを届けてくれそうです。
いかがだったでしょうか?今回は、ケツメイシの意味やメンバーのご家族のお話をチェックしてみました。

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