羊文学塩塚モエカ。メンバーの詳細!わあこ、フクダヒロア脱退理由?

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初めて、『羊文学』と言うバンド名を見た時には、『羊文字』と読み違えてしまいました。改めて羊文学。

テレビの音楽番組などで、お見受けする機会もありましたが、漂う雰囲気は、テレビ向きじゃないのかな?なんて勝手に思っていました。

若い方達と話をしていると、沢山いい曲を出していると言う事。確かに、繰り返し聞いてしまう中毒性みたいなものと、問いかける歌詞の世界観、塩塚モエカさんの圧倒的なボーカルのパワー。

今回は、そんな羊文学にフォーカスしてみます。

羊文学塩塚モエカ。初期メンバーは5人。難関中学の受験の後から

羊文字と読み違えてしまった筆者moonでしたが、改めて『羊文学』と読んで、なんとなく村上春樹さんをイメージしてしまいましたが、実際の由来は全く違うモノの様でした。

S.R.S(Seping Rag Sheepの頭文字)というバンドが好きで、『羊』と言うキーワードが入っているとかっこいいと、中学時代の塩塚モエカさんが発案し、それに音楽に留まらない世界観をと言う意味で『文学』と結び付けたのだそうです。

塩塚モエカさんは、小学生の頃に、YUIのファンでアコスティックギターを持っている友人がいて、塩塚モエカさんの家で弾いたりしていたそうです。

なんとなくかっこいいなぁと憧れていて、中学受験の後にギターを弾き始めたのだそうです。塩塚モエカさんは、東京は千代田区にある女子学院中学校に入学します。

2011年の9月中学3年の時に、当初5人組のコピーバンドとして活動を始めます。2012年の1月には、塩塚モエカさんが不参加だったのですが、初ライブを行ったそうです。

塩崎モエカさんが入学した女子学院中学は、中高一貫校で、そのまま女子学院高校へ入学する事になります

2012年の4月になると高校生になり、2度目のライブを行いますが、直後に二人のメンバーが抜けてしまいます。

この時、塩塚モエカさん(ボーカル・ギター)と、しのさん(ドラム)、わあこさん(ベース)の3人体制になります。この高1の頃から、塩塚モエカさんは、自作の曲を作り始めます。

因みにこの頃、塩塚モエカさんは、中学からのハンドルネームやあだ名として使っていた『ハイジ』と名乗っておりましたが、二十歳の頃「自分の自己紹介で、ハイジと言うのが、恥ずかしくなった。」と言い、本名の塩塚モエカに変えたのだそうです。

今も古い羊文学のインタビューなどでは、ハイジと紹介されていますが、本人は「若気の至りです。」と苦笑されてました。

羊文学塩塚モエカ。フクダヒロアへのメールの返信を心待ちに!

高校2年生になると大学受験などの為に、およそ一年半の間、活動を休止します。2015年3月4日に活動再開しますが、半年ほどの10月7日のライブでドラムのしのさんが演劇をやりたいと言う理由で脱退します。

その時、塩塚モエカさんは、慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻で大学一年生になっていました。

塩塚モエカさんとわあこさんだけになってしまい、ドラマーを募集します。当初女性のドラマーを探していたのですが、長髪の中性的なドラマーが『リーガル・リリー』と言うバンドのサポートを務めていました。

その方が『フクダヒロア』さんでした。初めは、男性か女性かもわからなかったそうで、男性かも知れないけど、何故かこの人なら大丈夫と思ったそうです。

早速、当時のTwitterでダイレクトメールを送るも、1か月くらい返事が無かったそうです。

フクダヒロアさんから、連絡が入る前の日には、相当、煮詰まった感じになった塩塚モエカさんとわあこさんは、「解散するか?」って思って、ライブハウスの人の所まで行って『もう無理です。』って伝えに行ったとか。

しかし、次の日にフクダヒロアさんから連絡を受け、解散を免れました。2015年の11月になっていました。塩塚モエカさんとわあこさんは、大学一年生の頃のお話です。

フクダヒロアさんは、その一か月の間、加入しようか悩んでいたそうです。

初期の頃のフクダヒロアさんは素顔で活動されていましたが、いつからか不思議なメイクで登場するようになり、この辺も羊文学のミステリアスな印象にぴったり来ていました。

そこからは、2016年にはフジロックをはじめとして多くのロックフェスに登場します。初の海外公演も開催され、カナダの3都市の公演も行われました。

波に乗り始めた矢先に、わあこさんが脱退してしまいます。理由は公表されていませんが、人生設計、進路が違うモノだったのではないかと思います。

心無い人達から、わあこさんの死亡説なども流れますが、全くのデマで、わあこさん二十歳の時の決断です。

羊文学塩塚モエカ。新メンバーの河西ゆりか、フクダヒロア脱退理由

再び、今度はフクダヒロアさんと二人になってしまった塩塚モエカさんでしたが、2017年の元日にやはり、Twitterで新たにベースの人を募集します。

何人かの人と塩塚モエカさんは会い、スタジオでセッションし、音を合わせてみて河西ゆりかさんが選ばれます。

河西ゆりかさんは、中学の頃からギターを弾き始め、高校生になると軽音楽部に入ると言うごく普通のよくある音楽との関わりで、十代の頃からプロになろうと思っていた訳ではないそうです。

高校生の頃、同年代の羊文学のライブを見て、羊文学の事は知っていました。ベースを募集していると言うので、それをきっかけに、ギターをベースに持ち替えたと言う事です。

そんな経緯を経て、塩塚モエカさん、フクダヒロアさん、河西ゆりかさんのスリーピースバンドとなり、そこから快進撃が続きます。

2017年10月になると、初の全国流通CD『トンネルを抜けたら』を発売し、2018年4月、初めてのワンマンライブ「オレンジチョコレートハウス」を成功させます。

2018年7月25日、初のフルアルバム『若者たちへ』を発表するなど精力的に活動を続けます。

2020年8月17日になると、ここでメジャーデビューを果たします。インディーズ時代から、海外での評価も高く

2024年3月29日から4月6日にかけてワールドツアー『Hitsujibungaku ASIA TOUR 2024』を韓国、中国、台湾、タイで開催され、こちらも成功裏を納めますが、

5月になるとフクダヒロアさんがコンディションを整えたいと言う理由で、しばらく休養に入ります。その間、サポートのドラマーを加え羊文学は活動を続けますが、

約一年半を経た2025年の年末にとうとうフクダヒロアさんが、脱退することになりました。2026年現在、塩塚モエカさんと河西ゆりかさんの二人のユニットになっています。

いつも羊文学を応援して頂きまして誠にありがとうございます。

この度はメンバーに関してお知らせがございます。ホームページで

コンディションの調整のため活動休止しておりましたフクダヒロア(Dr.)ですが、

2025年末をもちまして羊文学を脱退することとなりました。

なお、フクダヒロアは今後も音楽活動は続けていく予定です。

羊文学はこれまで通りサポートメンバーを迎えて活動を続けてまいります。

今後も変わらぬご支援の程、よろしくお願いいたします。

2025年12月30日の羊文学の公式ホームページでは上の様に伝えております。

ドラムスは今のところサポートメンバーで賄っているのだとか。

しかし、フクダヒロアさんの鳴らすドラムは、定評があり、本人がシンプルなものが好きだと言う事もあり、手数が少なく、優しい印象で、今も脱退を惜しむ声がネットの中でみられます。

フクダヒロアさんは具体的な重大な病気と言うものではなさそうですが、ホームページの中で『今後も音楽を続ける。』と綴っている通り、別な舞台での活躍をお祈りします。

羊文学塩塚モエカ。現在のメンバーとオルタナティブ・ロックとは?

改めて、羊文学のお二人のプロフィールを綴ってみましょう。

🔵塩塚モエカ(本名:塩塚萌夏 しおつか もえか)さん1996年7月3日 茨城県生まれの東京出身の29歳(2026年5月現在)はギターとボーカルを担当しています。幼い頃、両親は厳しい方で、勉強は好きではなかったそうですが、負けず嫌いで、仲の良い友人と小学4年生の頃から塾に通っていたそうです。

何事も途中で投げ出せない性格で、算数は苦手だったそうです。地元の中学に行きたいという気持ちもありましたが、女子高御三家と呼ばれ東大を始め難関大学への進学校であるプロテスタント系の中高一貫の女子学院中学校を受験します。

因みに女子高御三家は文京区にある桜蔭中学校・高等学校と、千代田区の雙葉中学校・高等学校の幼稚園から一貫教育でカトリック系の学校です。

聞いていた音楽はチャットモンチーの影響が大きいとお話されている事もありますが、その他にもサカナクションやハマヌーン、YUIさんをリスペクトされているようです。

又、慶応義塾大学の卒論では1800年代後半の現代アートの草分けのマルセル・デュシャンについてと言う事で、幅広い視野をお持ちなのだと思います。

🔵河西 ゆりか(かさい ゆりか)さんは、1997年12月24日生れ28歳(2026年5月現在)東京のご出身です。ベースを担当しています。

塩塚モエカさんより、一つ年下にあたるようです。元々はギターから入ったのですが、大学時代にベースも始めて、本格的にベーシストになったのは羊文学の為だったとか。

塩塚モエカさん曰く、自分よりギターが上手いのだとか?バンドのCody・Lee(李)のドラマー、原汰輝(はら たいき)さんと同じ高校の同級生だったようです。

さて、『羊文学』と言うと必ず『オルタナティブ・ロック』って言葉が付いてきますが、実際にオルタナティブ、オルタナ系とはどんな音楽なのか?難しいのですが、

オルタナティブ・ロックの元々はパンクロックから生まれたものです。しかしジャンルは違うモノになります。

最初パンクの波は、1970年代半ばに始まりました。速くて印象深いシンプルなパワーコードを多用し、エフェクター等でギターの音を増幅させたり歪めたりして、従来の音の質を重視せずに、ギターソロなしの短い曲を作りました。

それ等を元にしたストレートなロックをパンクロックと呼び、政治的な風刺や、体制への疑問を投げかけました。

そこから、さまざまなジャンルのパンクが生まれました。ポストパンクと呼ばれるパンクのとげとげしさを柔らかくし、また単純じゃない音の質や実験的な音楽が生まれると、

1980年代になると、ポストパンクとフォークロックを融合させた、オルタナティブ・ロックと呼ばれる音楽が登場し始めます。

と言ってもオルタナティブ・ロックは非常に曖昧なジャンルに思えます。

オルタナティブロックの特徴は?今の日本のオルタナティブと使われるアーティストが全てそうか解りませんが、当初はアコースティックギターとエレキギターのミックスで、実験的なものが多かったと言います。

オルタナティブ・ロックは、パンクに比べて遅いテンポのモノが多く、パンクよりも政治的に強い歌詞ではありません。当初はパンクに比べて少し長めの曲が多かったそうです。

又、姿勢としてインディーズの要素が強く、商業的な成功より、実験的だったり、形にとらわれず、満足のゆく音楽を求めている別な選択肢のロックとして理解される事が多いようです。

そんな風に見ると、羊文学の実験的で挑戦的な音楽がオルタナティブ・ロックと呼ばれる所以ですね。

いかがだったでしょうか?今回は羊文学の塩塚モエカさんを中心にメンバーの脱退や詳細などをリサーチしてみました。

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